高橋邦彦* 村上陽志**
Kunihiko Takahashi Yoji Murakami
* :日本電気株式会社
ITSソリューション推進本部
**:NECソフト株式会社
第一SI事業部 ITS部
要旨
自動車は潜在的に多くの情報を保持している。これらの情報を収集することによって、道路の混雑、気象などの有用な情報へ変換し、我々の生活に役立てることができる。本発表では昨年度までに構築した自動車プローブ情報システム(IPCar)の概要と、横浜で行った実証実験の結果について簡単に報告する。
1.はじめに
ITSビジネスは今までETCやVICS等の官公庁プロジェクトを中心に展開されてきたが、テレマティクス等の民需プロジェクトがここ1年あたりから脚光を浴び初めている。この民需プロジェクトの中で、新たにコンシューマー向けのサービス提供の土台となるシステムの一つとしてIPCar(プローブカー)システムが有望視されてきている。
自動車走行電子技術協会殿(JSK)は、H11、H12年度にわたってプローブカーシステムの研究開発と実証実験を行ってきた。NECは本研究開発においてシステムの取りまとめ、とりわけ、プローブカーシステムのセンタシステム部分の構築を実施した。本論文では研究開発で得られたシステムの構成、実験結果、および今後の展望について述べる。尚、研究開発プロジェクトの中でプローブ情報システムの一般への普及促進を考えIPCarシステムという愛称を設けた。以降IPCar という記述を使用する。
2.IPCarシステムの概要
IPCarシステムは、個々の車両等の移動体を動くセンサとして利用し、収集したデータをネットワーク化、蓄積・加工することにより、渋滞情報をはじめとした今までには得られなかった新たな価値ある情報を作り出す基盤システムである。本システムを基盤とした様々なビジネスへの展開が期待されている。
IPCarシステムにおいて具体的な仕組みを例にとって挙げると、例えば、車の位置・速度から道路の混雑具合や所用時間、ABSの作動信号からは道路の滑りやすさ、ワイパの動き方から降雨状況が判るなどの様々な情報の生成が可能となる。
図1に IPCarシステムの概念図を示す。システムは、
① 車からのセンサデータの取り出し
② データのセンタセンタシステムへの送付
③ センタでのデータの統計、集約加工処理
④ 生成された各種の情報の外部への提供
H11年度は、IPCarシステムのフィージビリティスタディを行った。車両から取得可能なセンサデータを洗い出しデータの特性に合わせた分類を行った。その結果、既存のセンサデータとしておよそ120種類の情報があり、そのうち44種類は標準的に装備されていることが判った。また、データを収集するシステムの論理構成を検討し、実験システムの開発を行いデータの収集実験を行った。この結果、IPCarシステムとして基本的なシステム機能、および、プローブデータの活用可能性が確認できた。
H12年度にはH11年度の結果を受けて、さらに情報提供部分まで含めたトータルシステムとしての設計・開発を行い、IPCarシステムとしての社会的有効性について確認を行った。以降では、H12年度に構築したIPCarシステムを中心に説明する。

図1 IPCarシステムの概要(出典:JSK)
3.IPCarシステムの構成
IPCarシステムは、大きくは車載システムとセンタシステムから構成される。それぞれのシステムの基本構成を以降に示す。
3.1 車載システムモデル(車両)
IPCarシステムの車両側モデルは、センサからの信号を検出する検出処理部と、信号をプローブデータに変換する変換処理部、および、データを情報センタに送信する通信手段で構成される(図2 車載システムモデル)。通信手段は様々なものが考えられるがH12年度は携帯パケット網を使用して実験を行った。
3.2 センタシステムモデル
センタシステムの基本構成を考える上で、既に社会に存在するデータを有効に利用でき、かつ、今後のIPCarシステムの様々な発展形態に拡張可能な構成になる事を念頭に
設計した。これにより、センタシステムは2つの機能に分離したシステム構成となった。個々の車両のデータを収
集・提供する「車両情報センタ」と、複数の車両のデータを集約して付加価値を付けた情報へ加工して情報提供を行う「情報集約センタ」である(図3 IPCarシステムの基本構成)。このような構成にする事でIPCarシステム導入段階において情報提供車両の台数の確保を容易にし、かつ、システムの導入が促進されやすくなる(例えば、プローブ情報に相当するデータをすでに収集しているタクシー配車等の事業者を「車両情報センタ」と位置付ける)。また、車両情報センタでは、様々な形態のビジネスが考えられるため、扱う情報の種類・量・質においても様々なバリエーションに対応できることが要求される。
3.3 センタシステムの基本機能
システムの基本機能は、IPCarシステムの性質から、通信制御機能、情報加工機能、情報提供機能に3つに大別することができる。
通信制御機能は、車両からのデータの受け口として車両とデータの送受信を行う機能を持つ。この機能にはNECで構築したパッケージソフト『車両動態管理システム2001』を利用して構築した。
情報加工機能は、収集したデータから提供情報を作成する機能である。これは、車両データの正規化や補正といった個々の車両データに依存する加工機能(車両情報センタの一次加工)と複数の車両データを集約する機能(情報集約センタの二次加工)とに分けることができる。加工機能では、マップマッチング処理や車両毎に差異のあるデータを統一する正規化処理を設計・開発した。集約機能としては、IPCarの情報提供項目の例として「速度情報、旅行時間情報、事故情報、凍結情報、降雨情報、車両位置情報」を抽出しそれらへの加工(情報変換)処理を行った。
情報提供機能は、作成された情報を外部に提供する機能である。インターネット、携帯電話、専用車載機、PDAへの情報提供ページを作成しリアルタイムでの情報提供をおこなった(図4 速度情報の提供画面例)。
4.IPCarシステムの試験運用
IPCarシステムの有効性を確認するためにシステムの試験運用を行った。その概要を以下に示す。
・実施期間 2001年2月6日~3月5日
・実施エリア 横浜市
・プローブ車両数 約300台
(トラック、バス、タクシー、塵芥車、営業車)
・車載器のデータ収集周期 約30秒
・車載器-センタ間通信周期 約 1分
・提供情報更新周期 約 5分
以上の試験運用により大量のプローブ情報が収集できた。このデータについては、今後、必要に応じた種々の角度からの分析が待たれるが、ここでは提供情報について得られた結果を簡単に述べる。
(1) 走行速度情報

プローブ情報システムの走行速度情報を評価するため、数日間ではあるが、一般車両の2点間旅行時間を定点観測にて測定した。その結果、交通状況の変化やIPCarの台数・走行状態により今後の検討が必要であるが、IPCarの情報を利用した旅行時間の類推や予測は十分可能であることがわかった。
(2) 降雨情報
ワイパ作動に基づくプローブ降雨情報と、別途調査した同時刻・同地点での実降雨情報の間には極めて強い相関関係が確認された。また、ワイパの「オフ」と「間欠」の作動境界点は雨量0.0~0.5 mm/h、「間欠」と「動作」のそれは16~32 mm/h 程度であることが判った。
(3) 路面凍結情報

図6 路面状況とABS作動状況
路面凍結情報は走行車両のABS作動信号より推定するものとした。シャーベット状および圧雪状態の降雪道路を約30Km/hで走行させ、通常のブレーキ操作により停車させたところ、ほぼ確実にABS作動情報が検出できた(図6)。
(4)業種による走行特性
IPCarとして使用する車両の走行パターンにより、取得されるデータの特性も異なってくる。5種類の業種車両による基本的な走行パターンが取得できた。プローブ情報のサービスとして何を行うかによって、当然データ収集方法や加工方法も異なってくる。車種毎の特性を利用することによって効率的なデータの収集・加工方式への応用が期待できる。例えば、時間範囲と場所を広く収集するにはタクシーが優れている。あるいは、ある地点のデータを定期的に収集するにはバスが優れている等がわかる。

図7 トラックの走行分布例
5.プローブ情報の活用
一口にプローブ情報といっても様々な種類が考えられる。代表的なニーズとしては、以下のようなものが考えられている。
・ 交通情報(渋滞、事故、工事・・)
・ 道路情報(路面、凍結、障害物・・)
・ 天気情報(降雨、降雪、霧・・)
・ 環境情報(大気、気温・・)
・ マーケティング情報(行先、経路・・)
・ 災害情報(台風、火事・・)
これら意外にも、車両が持つ種々の情報を組み合わせることによって考えても見なかった情報の生成やサービスが成立すると考えられる。そこが、IPCarシステムの最も魅力がある部分とも考えられる。
6.今後の展望
IPCarシステムは様々なビジネスの可能性を秘めている。その反面、課題も多く残っている。最も重要な課題としてはIPCarシステムを新たなビジネスとしていかにして世の中に普及させていくかがあげられる。
プローブ情報サービスプロバイダのビジネスを考える上で関係するプレーヤーとして以下を想定する。
① 車両情報を上げるプローブ情報発信者
-個人
-業者
② 外部情報提供者(定点観測情報等)
③ 情報購入者(車両、業者、個人)
④ その他外部機関(広告宣伝業者)
ここにおいて③・④からの収入が、サービスプロバイダの運用コスト+①・②に対して支払われるコストを上回る必要がある。この時に通信コストの負担パターンを考慮に入れビジネスを構築することが不可欠となる。
また、発展段階についても考慮が必要である。理想的にはIPCarを全国にまんべんなく走らせることであるが、実際にシステムを全国に一度に導入するのは現実的でない。そのため効果的な展開シナリオを考えておく必要性がある。
① 地域毎に重点的にIPCarを展開
② 業種毎に重点的にIPCarを展開
③ 公共車両を主体にIPCarを展開
等が考えられる。これらのシナリオを複合させて効果的に展開を進める必要がある。
さらに、プローブ情報の有効性を考える場合は、ユーザニーズに合わせた評価が必須である。情報の精度、提供タイミング、更新周期などを考慮して評価する必要がある。全ての提供情報に高い精度が必要なものでもなく、システムの普及(データ数が増加)に伴なって精度が向上するようなモデルも十分考えられるからである。
プローブ情報の中でも交通情報は、需要が高く、有用かつビジネス化の検討が進めやすい情報の1つである。VICS等に見られるように交通情報を提供している機関はいくつか存在するが、すべてが定点観測によるもので道路インフラを必要としている。道路上にインフラを必要としないプローブ情報では他の機関では取得できないエリアの情報も、車が走行すれば取得できる。規制緩和の動きから公的に取得している交通情報の一般への公開が検討されている。このため、VICS等の公的な交通情報と相互に情報の補間を行うことが実現すると、より有効で効果的なデータ利用が期待できる。
IPCarシステムは多数の車両からのデータ収集、多数の端末への情報提供という観点からインターネットITSプラットフォームとの親和性が良く、このプラットフォームのキラーアプリケーションの一つになると考えられる。
参考文献
(財)自動車走行電子技術協会; 「ITSプローブカーシステムの開発に関するフィージビリティースタディ報告書」平成12年
(財)自動車走行電子技術協会; 「ITSの社会的有効性向上に係るシステム最適化研究開発報告書」平成13年